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オオヤコーヒ焙煎所の大宅さんが薦めておられたので、座間のコーヒーノートさんに行ってみた。面白い経歴のかたで、自由が丘十一房珈琲店のあと、ホリグチコーヒーで修行し独立されたそう。そして焙煎機はランブル系が使う通称「ブタ釜」(3kg直火・富士珈琲機械製)と呼ばれるものを使っている。これを作っておられた寺本さんというかたはすでに亡くなられていて、もう新品がでることはない。ブタ釜を使う人に聞くと、誰もが「別にそんないい釜じゃないよ」と言う。「パワーもないし冷却も弱いしとても扱いづらい釜だよ」とのこと。でも皆、釜を語る時は皆、どこか愛情を帯びた語調で、「しょうがない奴だけど、かけがえのないパートナー」について語っているかのよう。コーヒーノートのマスターも、まさにそんな感じだった。普通の人から見れば、たかが豆を焙る機械だ。だが、「親密な」この感覚がなければロースターにはなれないのかもしれない。そしてそんな「親密さ」を強く感じさせる機械だからこそ名品と呼ばれるのかもしれない。焙煎度合はまたしても浅煎りのみ。しかし、キャラクターが普通の浅煎りとも、海外の浅煎りとも、ぜにさわの浅煎りとも違う。強いて似ているものを挙げるなら荻窪にあった「移山房」の浅煎りだろうか。移山房も、ランブル→銀座十一房を経たのに、深煎りはなく浅煎りばかりだった。しかも味は不思議な透明感をもって、もわっとした柔らかい浅煎り。なんとも飲んだことのない浅煎りだった。店で出していただいたケニアを飲んで、そのことをまず思い出した。「アサイリ」とかひとくくりでは言えないなと改めて痛感した。この手のものは一度目にはわからなくても、何度も飲んでいると抜け出せなくなるという類の味である。僕はこういうのも、とても好きだ。 マスター修業時代の話や、コーヒー業界の動乱の時代の話などがとても面白かった。彼が修行していた頃はちょうど音をたてて世代が動き出している頃で、「珈琲と文化」でランブル関口さんの記事の次の号に、堀口さんがそれについての批判をえんえんと載せるという(読みたい!)頃。そして、それでもまだ、多くの人が「私小説的なコーヒー」を出しておられた頃だったそう。その頃の珈琲人の書く文章は、熱が籠っていてとてもいい文章が多かったのだそうだ。単行本になっていないのでもう簡単には読めないのがとても残念。移山房の山田さんが手網焙煎について解説した文章とか、もの凄く読みたい。 それにしても、同じ趣味の先輩の家に遊びに行って、すごいゲームとか見せられて嬉しくなっちゃってはしゃいでしまったような、懐かしい感覚だった。成長しないなぁ。 いろいろな方からお勧めがあった「珈琲専門店ぜにさわ」に意を決して行ってみた(遠いのだ)。お店では1000円で5種類のテイスティングができる。味見にしては、ちょっと高いかなと思ったのだが、本当にいろいろ飲ませてくれるのでむしろお得。それぞれの魅力を余すことなく伝えてくれるので、お店に行ったらぜひテイスティングをお勧めしたい。煎りは噂通り浅い。すごく浅い。話を聞いて驚いたのだがなんと1ハゼまで持っていかないのだそうだ。しかも30分近く焼く。もう、何から何まで規格外だ。SCAJで北海道のロースターが「焙煎時間19分は長すぎる」と酷評されていたのを思い出した。しかも悪いことに(?)それが美味いのだ。どの豆も、今まで見たことのない表情を見せる。むろん酸味なのだが、キャラクターのはっきり違った酸味だ。マンデリンのスマトラタイガーとパナマに驚いた。あとブルーマウンテンとコピルアックにも。ほぼ全部だな。正直こんなコーヒーは飲んだ事がない。「リンゴっぽいでしょ」と言われたものははっきりとリンゴの酸味がする。「レモンっぽいだろ?」と言われたものはまさにレモン。細かい補足をすると、焙煎機はローヤルの直火3kg、淹れ方はコーノもしくはハリオの円錐ドリッパーにペーパーで薄めに淹れている。淹れ方は結構ざっくりだが「焙煎家はどう淹れられてもおいしいものを出さなくちゃいけない」とのこと。その通り。セオリーから離れ過ぎているから、ずい分いろいろ言われたんじゃないかなぁと思うのだが、オリジナリティーがあふれていて、他では絶対飲めない味である。こういったお店は、個人的にはすごく好きだ。 今までずっと焙煎してきたが、1ハゼが小さかったり、ふくらみが悪かったりすると失敗だと思っていた。火が弱くて30分かかってしまったら、こりゃダメだと思い真面目に味見もしなかった。しかしそれは常識に縛られ過ぎていたのだ。僕の中でまたひとつ、常識やセオリーが壊れたように思う。武術でもそうなのだが、一番危険なのは「理論的にも正しいように思えるし、確かにみんなもそう言っている理屈」なのだ。これが一番スルーしやすいし、「疑う」ことすらなかなかできないのだ。珈琲でいうと「強くハゼなくてはいけない」「きれいに膨らんでいなくてはいけない」「長く焼いてはいけない」という部分だったのではないだろうか。「小ロットの焙煎家はいろんな実験や冒険できるのがメリットだぜー」とか言ってたが、ぜにさわさんに比べたら全然アマちゃんだったな…。 日本のコーヒー界に多大な影響を与えた珈琲店、吉祥寺「もか」の跡にはチャイの店ができた。店に明かりがついているのを見て、どうしても懐かしくなって入ってしまった。カウンターができて内装はずいぶん変わってしまっている。奥にもテーブル席ができている。ああ、ここで僕は緊張してかちこちになって豆を注文してたっけなぁと思い懐かしくなってしまった。誰かが復活させやしないかと思っていた矢先のチャイの店だったので、正直なところ少しがっかりもした。マスターと話してみると、「もか」のお客さんが懐かしんで毎日2~3人は来るそうだ。嬉しかったのは、マスターは「もか」に敬意を表して王様のガラス窓を残してくれていたことだ。そして話をしているうちに、彼が随分な紅茶人だということがわかってきた。マスターは、ほぼ毎年現地に出向いていくつものお茶農園を回り、現地のオークションで気に入った農園のものを自分で競り落としているという。グループを作らず「これだ!」と惚れ込んだ茶葉は、最低1tからのオークションでも個人で買ってしまうのだそう。「競り落とした後、積まれた茶葉を見てこれどうしようって思うこともありますよ(笑)」とあっけらかんと教えてくれた。僕自身は紅茶のことは、ほとんどわからないのだが…この向こう見ずな情熱には覚えがある。紅茶への熱い思いを聞いているうちに、僕は「もか」の後はこの店でよかったなと思うようになっていた。コーヒー店ではたとえ誰がやっても争いが起きそうだったし…。またひとつ、お気に入りの店ができた。「もか」のファンだった人にも行ってみてほしいなと思う。
1ハゼ終わりくらいのローストと簡単に言うが、事態はそう単純ではない。やっている人はもうウンザリな話だろうが、中煎りといっても、火が当たる直火、完全な熱風、鉄を介する半熱風とあり、さらには時間とカロリーの配分、水抜きの程度、ダンパーの開閉などでもコロっと味を変えてしまう。温度の曲線が同じなら味が同じとも限らない、流れる160度の熱風も、流れない160度の空気も、火の先がちろちろする160度も味に関係してくる。水分抜きが長いか短いかにもよる。本当に悩ましいところだ。これはダンパーや排気コントロール技術が発達した日本独自の悩みかもしれない。海外のは依然ダンパーがないものも多い。新型のプロバットには付けたらしいが。
コーヒーのカッピングはこれらの変動要素を固定して不問に付す。ワインのソムリエが使う評価が使われているが、コーヒーのカッピングがやっているのは完成したワインの評価でなく、ブドウの評価だ。だが、我々はワイナリーのように自分でブドウをつくるわけではないので、各自自分がどういうコーヒーを作りたいかに合致した生豆を選ばなくてはならない。だから各々、自分の目的に合った評価のしかたは確立しなくてはならないだろう。プロバットで中煎りだけを出し、客にプレスで出したいロースターは欧米のカッピング評価をそのまま飲めばいいのだが、ローヤルを使う者はそのまま鵜呑みにはできないだろうし、ブタ釜使いも、小型使いも違ってくる。2ハゼ以降を使いたい人も海外のカッピング評価をそのまま飲むことはできないだろう。ああ、浅煎りでこうなるんだねって程度だ。 このような動きは現地の農家にいいことばかりだというように言われているけれどもはたしてそうなのだろうか。真面目にこつこつやっているけれども、COEの評価方法に合わずに涙を飲んでいる農家の人はいないだろうか。1ハゼ終わりまで14分サンプルロースターの焙煎では渋くて飲めないけれども、2ハゼに入るとがぜん柔らかく香りの強くなるコーヒーなんて、本当にざらにある。浅煎りでも、こういったじゃじゃ馬は水抜きで工夫すればさらに魅力を出してくれるのだが、そういう工夫をなされない評価方式で農家の人は涙を飲んではいないだろうか。がっちりと強い豆を作れば作るほど、不利になったりしていないだろうか。つまり僕の心配している点はここなのだ。ランブルの関口さんが懐かしむ、とんでもないじゃじゃ馬はこの運動の中で人為的に殺されていっているのではないだろうか。
コメ欄で、ときわ荘さん及びとんきちさんに教えていただいたのですが、粋さんの水蒸気蒸留によるコーヒーの香り成分の抽出がすごいです。コーヒーのアロマオイルを抽出しておられます。これ…飲めないのかな…。
コーヒーの蒸留液の香りを嗅いでみると、焙煎直後のハンドピックや焙煎状態をチェックする場合に、爪でコーヒー豆を割って、香りや、割れる感触、割れた断面の色をチェックする際に感じる香りをまず感じる。時間が経過するにつれ香りは変化し、コーヒーをカップに注いだ時の香り、カップに残る甘いコーヒーの残り香へと変化していく記述を見ると、かなり素晴らしい香りのよう。これ飲めないんですかね…。ごくり。いや、美味しくても困るんですが(笑)HPを見ると、美美の森光さんと関係のあるかたのよう。もかの系統には研究熱心なかたが多いなぁと改めて思ってしまいました。
北千住ロケットロースターズのsqnw040さんからマンデリンスマトラタイガーを頂きました。かなり深い焙煎なのに、爽やかな酸味が!しかも香りも強い。えぐみはカケラもなし…。大変美味しく頂きました。すごくオリジナリティのあるマンデリンです。お話を伺うと、僕が断念した数々のテクニックを使いこなしておられます。生豆の水洗いも、火力の変転も、僕はうまく使いこなせずにやめてしまったテクニックです。しかも僕の十八番の火からの距離変えまで・・・・。でも、こういった真摯で研究熱心な方のコーヒーはとても好き。しかも、ある美学が感じられます。画像はコーヒー&シガレッツから、イギーポップとトムウェイツ。彼等の音楽のような、スタイルを感じさせるコーヒーでした。sqnw040さん、ごちそうさまでした!
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どうもどうも、東京哲学喫茶通信です。いろいろ詰まっていて、身動きがとれない感じです。昨日は、気分転換にエチオピアのシダモを焙煎しました。いつもカセットコンロで焼いているんですがボロいので、ガスが残り少なくなると、だんだん火が弱くなります。昨日は特にひどくて、水抜きまでは遠火の強火でやっていたんですがそこから火が弱くなり、しかたなく近火にして焼きました。こんなことをしたのは初めてです。ドラム内に火が入るくらいの近火かつ、弱火。セオリー全く無視の事故的火加減です。すると、聞いたことのない一ハゼが来たのです。数多くの、強くねちっこい一ハゼ音。こんな音は聞いたことがない・・・・なんだろ、これ。味見が楽しみです。
個人的には、こういう偶然は大事にしたいです。気づかぬうちに自分を縛っている「枠組み」は、こういう外部からの力でないと外れません。というより、認識すらできないのです。学者が頑張って頑張って考え続けていても、考えが依拠している構造自体は見ることができない。これをどうにかこうにかして掘り返す作業が「反省」と言われるのですが、「反省」には身体の練磨(による変容)、もしくはこういった外部からの衝撃が必要なわけです。ただし、なされた反省の結果によって、反省自体が侵されるために、その方法は変わり続けます。だからどんな練磨が必要なのか、そしてどんな偶然を待てばよいのか、知る由もありません。どこにも所属することのない我々には、一つの方法を信じることすら許されないのです。
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